お金

綺麗な半円の虹を偶然見かけ、車を停めた。実はその外周にも虹が・・・(‘ω’)

はじめに

 昔から、奇跡とか偶然とか自分なりにこじつけて「なんちゅー偶然!」なんて言ってハイテンションになったりして仲間と騒いだりしてました。そもそも自分が生まれた家庭や知り合ってきた友人と出会った尊敬すべき人、結婚した奥さんとうちに生まれてきた娘たち、なんの変哲もない偶然が繋がった出来事程度にしか思ってませんでした。人生の半分をそうやって偶然と奇跡に置き換えて生きてきたから、辛い・苦しい・悲しいもなんとか乗り越えてこれたのかもしれません。

 一つ一つに意味がもしあるなら、それに毎回気づかなくてはいけないし、考えなくてはならないです。そんな面倒くさいことやってたら、前に進めないし忙しさの荒波に飲まれてしまいます。もしかしたら、忙しいという観念を自分で思いこませて、やるべきノルマに集中しすぎて、大事な出来事やサインを適当にスルーしていたのかもしれません。

 ふと些細な気づきや鳥肌が立つような直感を大切にするようになったのは、脱サラする前後でした。自分という個人を自分の周りで起こることと関連させて観察しなければ、自分が世の中に何を提供して対価を得られるのかを見定めることができなかったからです。サラリーマンは、組織の看板やブランド力を引っ提げてノルマや新企画、事業計画、3か年計画等に立ち向かうことができました。

 そうすると脱サラをいざ目前にして、”俺 個人は?何もない所からどうやって稼ぐ?どうやって家族を養う?”という自問自答を繰り返さなくてはいけませんでした。こういう決定を下したのは自分自身であっても、単なる偶然なのか?奥さんが病になったことがきっかけで脱サラを真剣に考えたことも?その時点で考えても、答えはいつもわかりませんでした。

 でも今なら言えます。その時に立ち止まり直感を研ぎ澄まして考えたことが記憶の”点”として頭の片隅に残れば、しばらく後になって答えが分かります。

(そういうことだったのか!) って

ハッと気づくとき世界と時間が少し止まるような感覚、これが直感かもです

もしかしたら偶然は、この世に存在しないかもしれない

 作家の本田健先生が執筆した「大富豪からの手紙」は、まさに自分で自分を窮地に立たせているときに出会った本でした。こんな本です。

 大富豪の祖父が残したのは「お金」ではなく「9つの手紙」だった。ある日孫で大学生2年生の佐藤敬(サトウケイ)のもとに、祖父から 「9つの手紙」が届く・・・といった感じで物語が始まります。今回は、第一の手紙「偶然」を 参考にしていきます。この章の要分を簡単に抜粋すると・・・

・そのときは分からなくても後で振り返ったときに、複数の偶然の「」が「」に、そして「」が「」に見えてくる。年齢を重ねるとさらに「」が「立体」に見え、「人生ってこういう具合にできていたのか!」と思えるようになるんだよ。

・「つながっている」 人智では測ることができない計らいによって。

・「単なる偶然では説明がつかない、人との出会い」がキミの人生を変える。このことが腑に落ちれば、「自力ではなく、何かに生かされている」と楽しめる。

・「一見偶然に見える、意味のある必然

・「どんなことが起きても、それは自分を幸せにするために起こっている」

こんな感じになります。普通に書店で、パラパラと流し読みしても、大抵息が詰まるのではないでしょうか?でもこの記事を何となく開いて、何となくここまで読んでいらっしゃる皆さんは、どこか自分に疑似体験があるからちょっと見続けているのかもしれません。

 私はというと、手にとって目次とこの章だけ見て、すぐストックしました。買った後家で開くまで、実話かと思っていたぐらいです。作家と主人公の名前が違うことに気付いて初めて ”ん?” ってなりました( ;∀;)

 それぐらい、自分の直感が久しく冴えていたのかもしれません。(これは現実の話だ)と思い込むぐらい。(人によっては、どうでもよい本かもしれませんけど。)私が自営業をしながら常に頭にあった疑問や不思議の答えがあるかもと思えるぐらいの衝動でした。

 実際、昔の私は自分の運命とか偶然を言う人は、自分の人生に何か存在意義をこじつけたいだけだと思ってました。そしてそんな大義名分を探しても、厳しい現実を前に自分がなんてちっぽけで、しょうもないのかを実感し空しくなるだけだと。そう思ってる方が楽でした((+_+))

 でもそういう人生のつまらないことといったら・・・感動も驚嘆も共感もなくなってきて(何でこんなことしてるんだっけ?)みたいな働きアリ状態になってました。(何でお金お金ってなってるんだっけ?)

 でもどこか引っ掛かりが・・・腑に落ちていない自分がありました。

大学時代に知り合った奥さんと9年間もつきあって結婚したこと。そして娘たちに出会ったこと。

仕事で数多くの人たちに助けられながら無理かもしれないと思えた仕事を沢山なしえることができたこと。

脱サラを選択し、その後の仕事をしながら2つの国家資格をストレートに取得し自分の事務所をもつことができたこと。

最初は頼りない点のような人との出会いが、幾つもの線となって繋がり、形をなした仕事になって、最後は立体となった喜びや感謝やお金になったこと。

 結局、なんだかんだと偶然を否定しながら、 今も元気に生きている。自力でやれる部分は僅かばかりで、後は人と人に生かされ活かされている。ちゃんと半生まで生きてこれた。

やっぱり間違っていた。偶然や自力じゃない。否定してきた直感が正しい。

偶然に起きることはないし、偶然に会う人もいない

もしかしたら、毎日は偶然探しの冒険かもしれない

まとめ

  確かに多くの人が、自分のことは自分で考えて計画して、努力して、我慢しながらお金を貰い、人生を歩んでいます。今までのお金の記事ではお金そのものと、それを使う人 を対象としていましたが、結局お金を貰うまでのプロセスも
大事だと分かってきました。今回はそのプロセスが、つまらない方程式ではなく、偶然の産物でもなく、ありがたいことにもしかしたら必然的に恩恵を受けているかもしれないという話でした。

 例え 一見偶然に見える、意味のある必然 が間違っていたとしても、お金を受け取った後の自分の”感謝”や”その後のつきあい”の仕方は、随分と差が出てくると思います。その差が「お金を引き寄せる人」と「そうでない人」の結果になるのではないでしょうか?

 そして何よりつまらない人生に思えた今までが、明日の朝を迎えた瞬間から楽しい毎日になっていくのかもしれません。その楽しさがすぐにお金にならなくても、確実に近づいている方がいいですよね(>_<)

 また色々この本の内容にも触れていきます。

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