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妻は、女であり、母であり、小さな女の子だった②

はじめに

 前回記事を書きつつ、妻への寄り添い方は、各夫婦の数だけ多様にあって、その夫婦によって正解というか”まだマシなチョイス”があるのかもなぁと思っています。

 このテーマは相変わらず難しいです。そして重い・・・。

 答えのない世界をウロウロしながら、時間だけが経過していく感覚があります。本当は、あまり触れたくないテーマなのですが、いつも頭の中で引っ掛かって離れません。直感が”やらなければならない”と訴えています。

 多分ですが、今やらなければ、自分と妻とのこれからを整理する機会がないまま、仕事に追われて、今までもこれからも次々と訪れる夫婦危機に疲れ果ててしまうことになり、最終的に子供達を悲しませてしまうことになるからだと思います。

 離婚するのは容易いことです。問題なのは、その問題に引きずり回される子供達のことです。だからこそ、真剣に考えたいのです。ベストを尽くして、離婚を選ばざるを得ないのであれば、諦めと納得をすることができるかもしれません。

 ですから前回はまず子供が胎内に宿り、生まれた後しばらくの期間までタイムスリップして、もう一度考え直してみました。反省すべきことは多かったですが、今からならまだ間に合うかもしれないことが沢山あることに気付きました。

 妻たちの欠点を挙げていけばキリがありません。ただただ感情的になってしまうだけで、自分の欠点と反省点は見えなくなってしまいます。そして喧嘩を超えた対立、対立を超えた戦争になってしまうのかもしれません。疲弊するだけでなく、子供達のメンタルへの悪影響は必至です。親と同じ道を辿ることになります。それは避けたいとは思いませんか?

 今回は、前回の記事で辿り着くことのできなかった、かつては妻が小さな女の子だったことをまず知り、そして、どうして一生を共に過ごしていこうと決めたのかを考え直してみたいと思います。

妻もかつては”小さな女の子”だった

 夫たちがかつては少年時代を過ごしてきたように、妻たちも間違いなく少女だった時代があることを知らなければいけません。いつも話をしている妻たちは、今は社会を生き抜く女性ですが、昔はお姫様に憧れた少女だったかもしれません。いつか白馬の王子が迎えに来てくれると信じてやまない女の子だったかもしれません。

 小さな男の子がTVや漫画のヒーローに憧れて、無茶苦茶な願望を叫んでいた時のように、妻たちにも当然そういう時代があったことは間違いないのです。

 だとすれば・・・大切に育ててくれた親元を離れ、生まれも育ちも違う男性と一生過ごすつもりで覚悟し、それを決めた妻たち。結婚式をされた方々は、ついにプリンセスになった瞬間だったと思います。夢にまで見た瞬間だったことでしょう。その夢をかなえ、君を幸せにすると言った夫が傍らにたっていたと思います。

 夫となった自分達が、決して現実を甘く見ていたわけではありません。自分たちの親の苦労や夫婦喧嘩を見て育ち、結婚生活は大変だと知っていても、今いる妻と一緒になりたいと思ったから、結婚したと思います。そして二人の間に子供を授かり、人並みの家庭を作って、小さな幸せを掴もうとしたはずです。

 でもなぜか、社会生活と結婚生活は大きなギャップがあり、お互いにその世界を行ったり来たりしながら、次第に考え方の違いに苛立ちを覚え、不満は蓄積し、嫌悪感をむき出しにしていきます。

 今まではその価値観の差が魅力だったはずのカップルは、価値観の差が理由で離婚する夫婦になってしまうのです。夫たちは仕事に疲れ、妻たちは育児と家事と仕事に疲れ、お互いを思いやる余裕などなくなってしまいます。

 夫たちは、家にいる妻の様子を目で見て、発する言葉を聞き、何かを思います。感情的にいつも不満に思っていたことを、ついに爆発させてしまうわけです。ところが、それは妻たちにとっても同じことで、男性より優れた言語脳をフルに活発化させて立ち向かっていきます。

 もう現場は最悪でしょう。明日は夫婦共に早朝から仕事、怒鳴り声でびっくりして起きた子供、部屋をお互いに離れてからも続くLINE喧嘩の応酬・・・ハッキリ言って社会生活より疲弊すると思います。

 何と言っても、お互い一番触れられたくない部分をお互いに知っている者同士が、グサグサと本音でトークするんですから、ぐったりしない方がおかしいです。その場に子供がいたとしたら、子供はもっと傷つき、涙をためて、胸を痛めていることでしょう。

 夫婦喧嘩はするもんじゃないと誰だって知っています。でもしてしまう自分を止められないのは、先ほども言ったように、相手が一番痛い己の核心部分に触れてくるからでしょう。

 私は(だったら、もう子供のためだと割り切って、会話すること自体をやめてしまおう)と考えたこともあります。結局ダメでしたね・・・夫婦喧嘩のリスクを減らすことができても、様々な障害が生まれました。まず、まともに食事が出なくなるやら、睡眠をとりたくてもとれる場所が悪かったり・・・

 もうこの際だから、いっそのこと”妻”の存在像をまるごと一新してみようと思ったわけです。

妻も自分と同じような幼少期があって、可愛い女の子だったはず!

自分の娘が可愛くてしょうがないように、妻にもそんな女の子の時代が確実にあったんです。自分の娘の頭を撫でたり、背中をポンポンと手の平でしてあげたいような小さな小さな女の子だったはずだと・・・

 人は必ず老いが進めば、幼少期のような体の状態になっていきます。そのときに妻も昔は子供だったんだよなぁ と気づいても遅いです。もうその時には、言葉も届かないかもしれません。

 もう既に気持ちがまったく妻になかったとしましょう。その上で、

「疲れたでしょう」「大変だったね」「もう休んだら?」

と背中をさすってみたり、肩を叩いてみたりしてください。かつて可愛らしく幼かった女の子が、自分同様に、年を取って、結婚に後悔しながら、震えているかもしれません。それを直に感じ取ることができるかもしれません。

 相手を離婚や死別で失った後では、遅いです。仕事を死ぬ気でやれるのであれば、これぐらい容易いことだと思います。明日、自分が突然に死んでしまうかもしれないことも考えれば、今すべきだと思います。

 勘違いして欲しくないのは、妻は子供だと馬鹿するわけではないんです。小さな女の子が、姿を変えて今に至っているんだと思って欲しいんです。

 そうでもしないと、きっと結婚する前のような新鮮な感覚は、戻らないと思います。もう自分達のためだけにするわけではなく、子供がいれば子供のためにしてあげなくては。

 まるで昨日出会ったかのような感覚が、再び戻ってくることを願って、怒りや憎しみ、軽蔑の対象ではなく、かつての小さな女の子を目の前にしてみてはどうでしょうか。

おわりに

 

 これは私なりの苦肉の策ですが、習慣にすると抵抗感が薄れてきます。というより、最終的に自分で自分をマインドコントロールしていくことになっています。今までの何かしらの夫婦事件を忘れることは難しいでしょう。でも、覚えていても”喧嘩の材料”か”呑み会での愚痴”でしかないので、さっさと忘れましょう。妻が覚えていても、「そうだったっけ?」と流して、小さな女の子を大切にするように、日ごろの苦労を優しい言葉でねぎらってみましょう。

 変わりますよ。相手が。発する言葉、表情、感情がにじみ出て変わります。

 いつしか、妻から新婚当時のように大切に思われていた頃がカムバックしてくるはずです。

 結局何が言いたいかというと、妻はまず女性です。対 女性は、

言葉を大事にしないといけない

ってことですね。

相手が知ったら怒るでしょうから、妻を少女だと思って優しい言葉でフォローしてみましょう。妻を大事にできれば、子供は自然と優しくて思いやりのある子になります。

最後までご購読ありがとうございました。

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